ビタースイート

ホワイトデーネタです。設定無視の夢二次なのでレナードはきてません! 

 千鳥かなめはこの一ヶ月苦悩していた。
 誰にも相談できない、こんなこと。
「だからぁ、男なんかバカなんだから、あたし怖いのって振りしといたら満足するんだって。
 なんだかんだいってそういう清楚系が好きなわけよ。間違っても慣れてるみたいな態度だしちゃダメよ」
 友人の稲葉瑞樹が訳知り顔に講釈を垂れている。取り囲む女子たちはメモを取らんばかりの真剣さで聞き入っていた。
「あのぅ、瑞樹センセー!それってほんとに怖い場合はどうしたらいいの?」
 無邪気な声で赤裸々に聞いたのは恭子で、かなめは心の中でひそかにグッジョブを送った。
「はぁー?なにいってんの?中学生じゃあるまいし、あははは」
「そーゆーもん?」
「当たり前じゃん、だってこっちも好きなわけじゃない?だったらうちらだってそういう気持ちになるでしょ」
「そぉいうもんなんだぁ」
 能天気に恭子は手をパンと合わせ、他の女子も照れながらも「なるほど」と納得している。
 こういうとき学級委員だの生徒会副会長だのいつものリーダー的立場が邪魔になる。
 ますます言えない……。

 ━━━好きな男だけど怖いだなんて。

 思い起こせば一ヶ月前。バレンタインのことだった。
 相良宗介にかなめはバレンタインチョコを渡した。
というより、夕食のあとにフォンダンショコラを出したのだ。宗介は初めて見る菓子にしきりに感心していた。表情はそう変わらないのだが、かなめにはわかる。「中が煮えていないぞ」というコメントも想定内というものだ。
 ソファでケーキをつつきながら並んで食べていると、次第に二人は無言になり、自然と顔が近づいて、その、そういう雰囲気になって、まぁ、かなめもとうとう来たなと覚悟を決めたのだ。が。

「━━━っやっぱごめん!」

 彼は少し驚いた顔をしたが、小さく謝ったあと何事もなかったように振る舞い、時間になると礼を言い部屋を辞した。
━━━それ以来、気まずい。
 より正確にいうと、かなめだけが気まずく、話しかけてくる宗介を不自然に避けたりしてしまう。
 宗介の分かりづらい傷ついた顔は気がついていたが、いたたまれさにどうしても直視できなかった。

「千鳥、今日の放課後少し付き合ってくれないか」
 宗介がそう言ったのは、昼休みに生徒会室で雑務を片付けている時だった。
 かなめは強いてノートから顔をあげずにさりげなさを装った。
「……んと、じゃうち来る?ご飯、作るし」
「……いいのか?」
 彼の表情はわからなかった。声が少し緊張している。
「いいわよ、今さら。ここんとこバタバタしてご馳走してなかったしね」
 用事をつくって逃げ回っていたのはかなめだったので、そういうのは少し勇気がいった。耳が赤くなったのに、目ざとい彼は気がついただろうか。


 相良宗介が自宅の食卓で、もぐもぐと頬を動かしている。
 いつも思うのだが、彼の食事風景はまるで無防備でとても凄腕の傭兵には見えない。
 かなめは大きめの白いタートルのニットとジーンズのタイトスカートのラフな部屋着に着替えて、飽きずにその様子を眺めていた。意外と長いまつげか軽く伏せられている。箸を動かす大きな無骨な手。制服のシャツに隠れた腕は傷だらけなのを彼女は知っている。腕だけではない。体中、傷だらけだ。かなめがその体を見て拒絶したのではないと、彼が誤解していなければいいのだけれど。
 本当は逆だった。いつも世話を焼いてやっていると思っていたのに、鍛え抜かれた体を初めてまじまじと見てすごくきれいだと思った。こんな腕に抱えられたり、背負われたり、押し倒されたりしたのか。改めて考えると恥ずかしすぎる。
「どうした、千鳥。顔が赤いぞ」
「な、なんでもないわよ。おかわりは」
 そう聞くと宗介は「もらおう」とおかわりをするのが常だったので、かなめはすでに立ち上がって、手を差し出していた。
 しかし、彼は少し思いつめた顔を浮かべて箸をおいた。
「いや、もう十分だ。感謝する」
「どうしたの?珍しい。あ、あんまり好きな味じゃなかった・・・?」
 すると宗介はぶんぶんと音がするほど大きく首を振った。
「いや、とてもおいしかった。本当だ。君の料理はいつもうまい」
「・・・そう?じゃあ、体調悪いの?」
 そのままテーブルのわずかな距離を縮めて、彼に歩み寄り顔を覗き込もうとすると、宗介は挙動不審に身をそらした。かなめはむっとした。そんなにあからさまに嫌がらなくてもよくない?
 宗介は小さく咳払いをすると胸ポケットから四角い箱を出した。
「これを、君に」
「なにこれ。ああ、いつもの護身具か」
「いや、そうではない。・・・この間のお返しだ。今月はお返しをするものだと聞いた」
 かなめはぽかんとした。バレンタインのことを言っているのだ、と気がついたのはしばらくしてからだった。その後の自分の醜態の自己嫌悪のほうが強くて忘れていたのだ。
「あ、ありがと・・・」
 宗介の純粋なプレゼントはラピスラズリのペンダント以来だった。そっと箱をあげると巧妙な細工の色とりどりの粒が五つ入っていた。
「これ、チョコレート?すごくきれいね」
「うむ、どうも有名な菓子職人の手になるものだそうだ」
 キラキラと光るチョコレートは宝石のように行儀よく鎮座していて、食べられると思えないほど美しい。素人目にも高価なものだとわかった。
「ソースケからお菓子もらうの、はじめて。ありがと、うれしい」
 自分達の関係はとんでもない所から始まっているから、護身具でない普通のプレゼントが我ながら驚くくらいうれしかった。
「いや……気に入ったなら助かる」
 かなめは立ったまま飽きることなく、規則正しく並ぶチョコレートの繊細な模様をしげしげと眺めている。
「食べないのか?」
「食べるのもったいないなぁと思って」
「……食べないのか」
 がっかりした様子なのは、目の前で喜んで欲しいのだろうか。意外と可愛らしいところがある。
「じゃ、一個いただく」
 かなめはほっそりとした指で一番端の粒を摘まんで、もったいなかったのでゆっくり口にいれた。
 なめらかな舌触りと芳醇な香りが口いっぱいに広がった。
「……おいし。……あ、すこし苦いのね」
「催淫剤だ」
「……はっ???」
 さらりとした爆弾にかなめが耳を疑った瞬間、身体中が火がついたようにあつくなった。
「えっ?なんていった??」
「気持ちよくなったか?」
 宗介はあくまでも淡々としている。口調と内容が一致していない。
「あんたまじでいってんの?……うそ」
 憤然たる抗議の口調は、意に反して弱々しくなっていった。体はどんどん熱くなる。心なしか息も荒くなった気がする。
「……やだ、どうしたらいいの?ソースケ……」
「苦しいのか?千鳥」
「なんか、息、がくるし」
 その瞬間、すこしかさついているが、暖かいもので口を塞がれた。
 宗介が立ち上がって、かなめの体をテーブルに押し付けるように人工呼吸を試みているのだ。
「ん、んん、」
 このバカ、なに勝手に。そう思ったが抗えなかった。かなめも口を開けて宗介の呼吸を何度も何度も飲み込んだ。細胞の隅々まで彼で満たされるようだった。
 なにこれ、気持ちいい。
 かなめはさらに自らも重ねていったが、苦しいどころの話でなく息ができなくなった。宗介が鼻をつまんでいるからだ。
「ばか、はな、はなしてよ……」
「もう大丈夫か?」
 宗介は身を離そうとしたが、かなめは腕を引き寄せた。
「……鼻だけしか、言ってない」
 言うなり宗介の唇にかぶりつくと、少し驚いたように目を見開く。なによ、自分が変なものを食べさせたくせに。腹が立って舌を絡ませる。普段だったら自分からこんなこととてもできない。催淫剤ってすごいんだな。
 宗介はかなめの背中と腰に手をまわして応えてきた。少し苦しいくらいの圧力さえ心地いい。
 もっとくっつきたい。
 かなめは両腕を宗介の首にまわして、わずかな隙間も塞ごうとする。
 先程とは反対に今度は強く吸われて、かなめも夢中で舌を動かす。まるで違う生き物みたいだ。
「む……」
「っは……はあっ」
 息を継いだタイミングで腰に回した大きな手がニットのなかに入ってくる。一ヶ月前はこの段階で、宗介がシャツをぬぎかけたところで拒否してしまった。
 怖じけづいたのは彼の熱。
 思ったよりも大きな手が熱くて、そのまっすぐな想いが肌に直に伝わってきて、彼女だけに尻尾をふる猟犬が突然知らない男の人になったようで怖かった。
 けれど、今は自分も同じくらい熱い。熱を共有したい
「……ソースケ、熱い」
「君が熱いんだ」
「服、あつい」
 こんな台詞を男子にいうなんて。体の芯に自分で制御できない燃えているところがあるなんて知らなかった。
 宗介は腹筋に沿って腕を動かし、ニットを途中まで捲りあげて、露になった豊かな膨らみに一瞬息を飲んだ。そっとブラをの下から手を差し入れて、やわやわともみしだく。最初は恐る恐る、次第にはやくなり、それにあわせて柔らかいそれは形を変えていく。
「……ソー……スケ……」
 乳房が堪えきれないようにとびだして、宗介は両手で揉みしだいたまま唇を這わした。硬い前髪が先端に当たって、かなめの体が震える。ふざけて触り合ったりしたことはあるが、誰かに直で触れられるのは初めてだった。
「柔らかいものだな」
 舌を這わせた跡に荒い息が当たるだけで、冷たいはずなのに体温がどんどんあがっていく。宗介の指と舌が先端に当たったとき、かなめの体は敏感に跳ねあがった。
 畳み掛けるように背骨に電気が走る。タイトスカートの下からもう一方の手が小さな下着の隙間から侵入してきたのだ。女子同士のじゃれあいでも、自分でさえ触れたことがない箇所に筋ばった長い指が届いた。びりびりした刺激がおへそまで響いて中心で渦をまく。
「……ふ、!」
 膝ががくがくして、立っているのもやっとだった。宗介が腰を支えてくれていなかったら崩れ落ちていた。
 必死に口を塞ぐが、変な声が出るのを止められない。恥ずかしい、死にたい。わずかに残った理性がわめいている。
「千鳥……ちどり」
 乱れた息の下から呼ぶ声が聞こえる。ソースケも同じなんだ。密着した太ももにざらりとした布越しに馴染みのない硬いものが当たっていた。普通なら恐れを覚えただろうが、今は可愛らしくさえ感じる。これもチョコレートのおかげなのだろうか。触れる手が熱のわりに意外にも荒々しくなくて、かなめを安心させたからかもしれない。想像していた悪の超エネルギー体とは違うようだ。
 かなめはテーブルについた腕を精一杯突っ張って体勢を支えていたが、さすがに長く持たないだろう。
「……ソースケ……ベッドいこ?」
 しかし彼は首を振った。
「移動中に君の気が変わられると困る」
「もう、こないだみたいなこと、しないから」
「わからん」
 宗介の額から流れた汗が顎を伝ってかなめの胸元に落ちた。
「俺も今度は自制する自信がない。君に怖い想いをさせたくない」
 切なげな瞳にかなめは改めて心が痛んだ。この一ヶ月、彼はどんな想いで過ごしてきたのだろう。
「ごめん、ね。傷つけた……ね」
 ここでかなめが拒否したら、きっと二度と宗介は彼女に触れようとはしない。
 宗介を家に誘ったときに、今度こそと決意していたことは否めない。下着だって気を遣って着替えたし、お風呂に入ったあとはまた服を着るべきなのかなどと、他愛もないことを、しかし彼女には重要な問題を悩んだりしていた。
 それなのに
 風呂にも入らず、こんなひどい格好で。
 肉じゃがの味のキス
 ダイニングテーブルで、なんて。
 真剣に選んだ下着がばかみたいだ。たぶん、あいつこれっぽっちも見てない。
 なんとなくどこかでみたような、少女漫画のような展開を思い描いていた自分に笑えてくる。
 あたしとソースケだもんね。そんなにフツーにいくはずない。
「ソースケ……やじゃないよ。前も……今も」
 だから、いいよ。
 
「んん、っ!」
 感じたことのない圧迫感が突き上げて、鈍い痛みに眉根をよせる。薄目を開けてみると、彼の双眸と目があった。
 戦う彼の姿を何度も見た。どんな絶体絶命の時も堂々と敵に対峙し、迷いがなかった。だが、今は明らかに怯えている。彼女に嫌われないだろうかと、瞳の奥が揺れている。
 しょうがないわね、臆病なあたしの軍曹。
 ミズキセンセーの言うことは正しかった。他の誰ともこんなことは無理だ。だから大丈夫。
 かなめは強いて笑顔を作って、左手で彼の頭を抱え込んだ。
「だいじょうぶ」
 彼は大きく息をはくと、不器用な律動を再開する。太ももから足首まで何かが伝わってこぼれていく。その正体をかなめはうっすら理解した。
 たまらず肘をつくと、置いたままの食器が音を立てて転がった。
 目の中は火花で一杯なのに、五感が研ぎ澄まされているのか、あ、今お茶碗が落ちたな、気に入っているから割れないといいけど、などとどうでもいいことが頭をよぎる。宗介は犬が舐めるよりきれいに食べ尽くすから、汚れる心配はないけれど。
 痛痒いそれが、次第に快感にかわっていくと、かなめは体を支えることができなくなった。テーブルの上に完全に横たわる格好になる。
 宗介は彼女の両足を抱え、さらに奥へと進める。
「あっ、や、そんなと、こ……」
 身をよじるほどに、食器たちが悲鳴をあげている。だが今度こそ構っていられなかった。必死で宗介の袖にしがみついた。
 ダイニングテーブルの上で、かなめはニットは胸の上まではだけ、スカートも腰の辺りでくしゃぐしゃにたくしあげられ、ショーツはどこにいったかわからない。
 なんて格好なんだろう。みなれた天井と照明が自分たちの痴態を咎めている気がする。
 明日からここでどんな顔でご飯を食べればいいんだ。
 ソースケのばか
 心の中でそう文句をいったとき、宗介が覆いかぶさってきて、頭を抱え込まれ、手を握りこまれた。
「━━━っ千鳥!」
 その瞬間、熱いものがかなめの中に注ぎ込まれて、かなめの背中が思い切りそって体が跳ねた。ひきつれたような痙攣が自分のものだったのか宗介のものだったのかわからなかった。

 テーブルの足元に崩れ落ちたかなめを、ひょいと宗介が肩に背負ってソファへと移動した。
 こんなときくらいお姫様抱っこしてくれたらいいのに、彼はどこまでも相良宗介だった。
 それにしてもようやく安心できたのだろうか。床に食器が散らばっていて危ないと判断したのかもしれない。いずれにせよ、よかった、少し休みたい。
 ━━━それなのに、なぜか今二人とも裸で、座った宗介の膝の上でかなめはつき上がる衝動に身を委ねていた。
 彼の激しい動きに合わせることをいつの間に習得したのだろう。
 胸元にはクリスマスにもらったラピスラズリが揺れている。かなめの覚悟の表れだったが、彼女の身を包むものは今やそれしかなかった。
 服をはがされたとき、それを見た宗介は少し驚いたようなはにかんだような見たことのない複雑な表情をうかべていた。その後、彼の動きが大胆になったのは気のせいだろうか。
 宗介の頭を抱き込むと、彼も彼女の胸の先端を飴のように舌で転がす。甘いのだろうか。
 口の中は再び放りこまれた甘いものが満たしていて、自分が甘くて美味しいお菓子になったみたいな気がする。とろとろと溶けて宗介と混ざりあってしまうのではないか。だってこんなに甘い汁にまみれている。
 頭がぐらぐらするぐらい気持ちがいいのは、チョコレートのせいなのか、かなめの体を貫いているもののせいなのか、その両方のせいなのか。
 
 嵐が通り過ぎたあと、全身の力を使い果たして、かなめはぐったりと手足を投げだして横たわっていた。
「千鳥、大丈夫か」
「も、無理だから……ほんとに」
「ふむ……」
 宗介はかなめの顔を覗きこんで、口づけをしてくる。舌が入ってきたので、かなめはその侵入を阻止すべく、歯をくいしばった。また再開されてはたまらない。
 予想と違う感触に宗介は諦めたのか、唇を離した。ほっとしたのもつかの間、耳朶を甘がみされて思わず変な声をだしてしまう。その反応に満足したのか、宗介は周りをゆっくりと舌をはわせてくる。
「ちょっ……」
 思わずあえいだ隙に、またもや口のなかに甘い味が広がった。三粒目の媚薬だった。
「ソースケ!もう、いい加減にしなさ……」
 宗介の頭は次第に降りてきて、先程の苛烈さが嘘のように、触れるか触れないかほどの 羽毛のような手つきで表面をなぜていく。
 汗にまみれた豊かな膨らみや腰を手の甲が滑って、それだけなのに産毛が総毛立ち、かなめの中心で燻っていた火種がたちまち全身に満ち溢れていく。
「……ソー……スケ、これって、チョコのせい……なの?」
「安心しろ」
 なにが?そう問う余裕もない。
 軽く触れられているだけなのに、中心がうずいて、膝をこすりあわせる。
 しかし、偵察がスペシャリストだという彼はわずかな隙を見逃さなかった。するりと手をいれ、あくまでも優しく円を描くように引っ掻きはじめた。
「……そ、やめ」
 さっきまでいやと言うほど翻弄されていたのに、もう無理だと思っていたのに、抗えない。
「……して」
「了解した」
 口の端からたれるチョコレートと唾液が混じったものを宗介は一舐めした。
 宗介はゆるゆると腰をしずめた。緩慢な動きに物足りなさを感じたが、それはすぐに大きなうねりとなって彼女を襲った。
 自分の体が浮いているような、現実味がない。
 どこかで覚えがある。そう、まるで、トゥアハー・デ・ダナンと一体になったときのようだった。
 今までと全然違うゆるやかな律動なのに、脳天から何かがぬけていきそうになって留まろうと必死で試みるが、あえなく濁流にのみこまれていく。
「や、やだ!なんか変!ソースケ……!」
 口を押さえる暇などなかった。かなめは大きな悲鳴をあげて、今度こそ意識を手放した。


 かすかに痛む頭を押さえて、かなめは目を開けた。ぼうっとして考えがまとまらない。
 リビングのカーテンが開けられた窓を見て朝だとわかる。
 いつの間にやら体には毛布がかけられている。
「さすがだ、千鳥。たいしたガッツだ」
 声の方に視線をやると、宗介は上着こそ着てないが、学生服をきちんと着て傍らに腰かけていた。
 ゆるやかに意識が覚醒してきて、昨夜の出来事を思い出す。恥も外聞もなく叫びまくったあれが自分?認めたくないが証拠に喉が猛烈に水を求めている。
 どんな顔で彼を見ればいいのか、クッションから頭をあげられない。
 そうだ、全部あいつのろくでもない薬入りチョコレートのせいだ。
「それ……もうそういうのやめてよね」
 目で咎めると、宗介はふむ、と小さな箱を手で弄んだ。
「これはただのチョコレートだ」
「はぁ?どういうこと?」
 かなめは思わず身を起こした。毛布が体を滑っていくのを慌ててつかむ。
「薬など入っていない。俺が君にそんな怪しげなものを与えるはずがない」
 非常にすっきりとした顔で宗介はあっけらかんと言った。
「……うそ。ちょっと、だって、ほんとにあつかったし」
「それは思い込みで、本来の君のポテンシャルだ」
 あっさり言われて、かなめは全身の血が煮えたぎった。普段からあんなに乱れると女だと思われていたのだ。
まぁ、間違いとは言わないが。
「じゃなんで次から次にチョコ放りこんだのよ!」
「君が体力不足に陥ったようなので、手っ取り早く疲労回復するためだ。やはりチョコレートは優秀な非常食だ。とはいえ君の回復力は目をみはるものがある」
「……!!」
 かなめは怒りのあまり宗介をソファから蹴り落とした。
「さっいてー!あんた女の子の初めてをなんだと思ってるわけ?軍隊の耐久訓練と勘違いしてんじゃないでしょーね!
 うぐ、情けない……こんなのって、あたし……」
 涙を浮かべたかなめに、さすがに宗介はあわてた。
「誤解だ千鳥!俺は君のためを思ってだな」
「あ?」

 事の真相はこうだった。
「そりゃあさぁ、処女ってのは最初が肝心なんだよ、相良軍曹」
 珍しく神妙に宗介は自称百戦錬磨の同僚の話を聞いていた。それは稲葉瑞樹の話を聞く千鳥かなめの姿と酷似していたが、お互い知るはずもない。
「処女ってのは、とにかく固くなってるもんなの。恐怖で縮こまってたら余計に痛くて悪循環なわけ。アンダスタン?」
 おどけた口調に宗介は眉をしかめたものの真剣だった。
「……しかし、どうすれば」
「お前の事だからどうせがっついてカナメを困らせたんだろ」
 そうなのかもしれない。先に進む彼の腕を制止した小さく震える細い手を思い出して、宗介は悄然とした。
「いいものやるよ」
 その様子を見てやれやれと肩をすくめたクルツは無造作に小さな箱を取り出した。
 宗介は蓋をあけたが、小さな菓子の粒が入っているだけだ。肩透かしをくらって眉間にシワを寄せる。
「ただのチョコレートにみえるが」
「お前ね、このチョコがどんなに貴重かわかってんの?三ツ星パティシエのつくった限定チョコだぜ?女の子は例外なくこういうスイーツが大好きなもんなの。俺が女の子口説くのに使おうと思ってたけど、他ならぬお前の頼みだ。やるよ」
 一気にいうと腕を組み、満足げにうんうんとうなずいている。
「……そうなのか?」
「それでカナメにこういうんだ。これにはすごく気持ちよくなる成分が入ってる。だから安心して俺とセックスしてくれ!ってな」
「……妙な薬が入っているわけではないだろうな?そんなものは渡せない」
「違う違う!上等なチョコレートってのはなぁ、もう食べるだけで天国にいったような気分になるのさ。カナメがそういう気分になれば、もうこっちのもんだ」
「つまり催淫作用があるのか」
「……ま、まあそんなとこ」
 クルツは先程の勢いを多少ひっこめて金髪頭をかいていたが、気を取り直してこの方面ではめっぽう頼りない年下の同僚の背中を叩いて親指をたてた。
「グッドラック!戦友!」

「……というわけだ」
「あんの、エロ外人……!!」
 わなわなとかなめは肩を震わせる。途中どころか全部はしょって催淫剤ですませた宗介にも腹が立つ。プラシーボ効果にまんまと嵌ってしまった自分も情けない。とにかくまるっと許せない。
 しかし、当の本人は誤解がとけて満足げに箱を覗きこんだ。
「まだ残っているぞ。食べるか?千鳥」
「っっそんなもん、金輪際いらないわよ!あんたからもらったもんなんて、今後絶対食べないから!」
 それにしても本当に錯覚だったのだろうか。確かに喉がやける様な感覚があって、体が熱くなったのだが。
「それでは俺が食べよう。さすがに疲労している」
「知るか!自業自得だわ!」
 宗介はぽいっとひとつを口に放り込んだ。
「……とにクルツ君は!ろくなことソースケに吹き込まないんだから。今度あったら絶対ただじゃおかないわ。マオさんにもいいつけてやる」
 ぶつぶつと呟くかなめに、どしっと重いものがのし掛かってきた。
「ちょ、ソースケどいてよ……もうその手は通じないから」
「……り」
「……ソー……スケ?」
 目が据わった宗介はたった一枚の壁である毛布を剥ぎ取って、無防備なかなめに覆い被さる。
「……ろり……」
「え?え、ソースケ?ただのチョコ、よね?」
「ちろり」
 のっそりと近づいてくた宗介が、ようやく鎮まりかけたかなめの首筋に唇を押し付け始めた。
「……やっ、だめって、ソースケ!ほんと無理!死んじゃう、……ん、あ、……ばかぁ……しんじゃえ……!」
「ちろり……かわいい、すきら」
 クルツ・ウェーバーは大事なことをあえて伝えていなかった。
 確かに怪しげな薬ははいっていなかったが、この特製チョコレートには度数の高い蒸留酒がたっぷりがはいっていたのだった。

 チョコレートはあとひとつ。